岩波論

音楽家としての原点と向き合う。今、28歳になって思うことの全て。【雑記】

今思うことの全て

18歳からおよそ、7年間。

それはかつて、自分が(ほぼ)ひたすら音楽活動に明け暮れていた時代。

僕は「1日でも早くスターへの道を駆け上がりたい」と、がむしゃらに走り回っていた。

元来、自分の歌を聞いて、人が楽しんでくれたり、感動してくれたりする事が嬉しかった。

その原点はとても純粋でポジティブな感情であったと思うし、今でもその気持ちは大切に思う。

しかし次第に、頭の中で「1日でも早く」は「1時間でも早く」になり、

「1時間でも早く」は「1秒でも早く」に変わっていくほど、いつの間にかその思考はまるで強迫観念のように僕の脳を支配していた。

そして気づけば、「何とかして、一刻も早く成功の糸口を見つけなければ」と、迷い、苦しみ、のたうち回っていた

僕は、ただ、とにかく、焦っていた。

そうしなければ、僕は人から愛してもらえない、認めてもらえない、と強く思い込んでいたからだ。

そして、満たされない、辛い、苦しい、愛して欲しい、という心の奥底からの叫びを押さえつけ、

グシャグシャの歪みを抱え込んだまま、鏡の前で無理やり笑顔を作って、人と会っていた。

自分では覆い隠していたつもりでも、きっと人から見たら僕の「歪(いびつ)さ」はバレバレだっただろう。

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25歳で起業して、僕は「音楽家」というアイデンティティから一度、距離を置いた。

完全に捨て去った訳ではないけれど、「経営者」としての人格(自己認識)もまた、併せ持つ事を決めた。

起業の理由は複数あったが、一番は「資本を動かす力」を自ら身につけて生きていく、という人生の選択だった。

地方移住という選択も、「己と向き合わざるを得ない環境」に自分を置いてみる作業の一環でもあった。

その結果、ようやく、最近になって本当にようやく以前よりはある程度自分を客観視できるようになった。

僕は人に愛されたいがために、誰かに自分を「選んでもらう事」にただ、必死だったのだ。

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文字に起こしてみれば、簡単な事実。なのに、そこに「気づく」のに25年以上もの年月を費やした。

オーディションに片っ端から参加したり、

米国留学して聖歌隊や音楽理論を学んだり、

路上ライブで日本中歌い回ったり、

船旅で世界一周して各国で歌い回ったり、

良く分からないパーティーやイベントにも顔を出して回ったり、

SNSで数え切れないほどの友達登録を増やしてみたり、

ルームシェアや共同生活を何度か経験してみたり、

一時、気の迷いで司法書士試験に1年間ガチ引きこもりで本気で挑戦してボロ負け撤退したり(あ、これ今初カミングアウトね)

テレビ番組に出演するために行動の限りを尽くしたり。

もっとも、それらの過去、全てが無駄だったとは言わないし、おかげで身についた社交術やスキルもあり、また切り捨てるべき人間関係、物事の”流れ”についてなども学んだ。

しかし今、少なくとも僕は、「誰かに選んでもらえるまで、不安に怯えながら、ただじっと待っている」必要はない。

何故なら、「僕もまた、人を選ぶ権利があり、またそうしても良い」からだ。

同じことが、きっとあなたにも言えるのではないだろうか。)

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去年の誕生日、僕は「大スターになりたい」という本音を吐露した。

そして、「僕はもう、人からどう思われようと構わない」という境地には、去年の地点で既に達した。

今はそこからもう一歩進んで、「僕は人(あなた)を理解したい、認めてあげたい、受け入れてあげたい」という方向にエネルギーを向けてみている。

もちろん、それに値する人は最低限選ぶけれども。

新たな景色は、自らの眼を研ぎ澄ます事で自然と拓けてくるもの。

僕はこの1年間で、それを識った。

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それと、もう一つ。

「大スター」という言葉の定義は、僕の中で好き勝手に解釈させてもらう事にした。

誰かに自分を選んでもらえる事を「不安に怯えながら待つ」必要はない。

客観的に見て自分がどうだろうが関係ない。

「僕はそうだ」と決めたから、「僕はそうある」事にする。

どうせ、たかだか残り数十年の命だ。同じ命なら、精々楽しく生きてやろうではないか。

僕の心の願いが、まだ運命に届いていないって?

上等だ。もっと声を高らかに叫んでやるよ。

28歳。僕は大スターになりたい。