はじめに
夕方、ソファにもたれて夕陽を眺めながら、ふと頭に浮かんだ疑問がありました。
『米国株四季報ではS&P格付けが採用されているが、S&Pの格付けは、そもそも信用出来るのか?
映画「マネー・ショート」(※)では、S&Pが過去、劣悪なMBSやCDOを無責任にAAA格付けした事がリーマンショックを引き起こした一因のような描写があるが、それは事実なのか?』
(※)リーマンショックを引き起こした要因と、空売りで大儲けしようと企んだ人物を描いた、実話に基づく映画。非常に面白いのでオススメです。
Reutersを読み漁ったり、書店を探し回っても腑に落ちない・・そのモヤモヤを、忸怩たる思いで識者の方に突撃&相談してみました。
今回ご相談したのは、銀行筋N氏(※)、証券筋X氏(※)、公認会計士Hiro氏です。
その結果、非常に丁寧な返信を下さり、めちゃくちゃ勉強になる知見を頂きました。
本記事ではせっかくなので、対話形式で内容をご紹介します。
(※N氏、X氏ともに、イニシャル・似顔絵は架空のものを著者が作成しました。実在の人物とは関係ありません。)
銀行筋N氏の見解
それから、格付けを信用するかしないかは当然のことながら投資家判断です。
ご指摘の件ですが、「サブプライムローン」の証券化商品をはじめ、あらゆるMBSやCDOに対する格付けの信頼性が失われた事件であったと思います。
釈迦に説法かもしれませんが、事の発端を改めて簡単に説明すると、
例えば、サブプライム(低所得者層)向けの住宅ローンや自動車ローンをたくさん集めて100億円分の債権をひとまとめにしたとします。
分析の結果、10億円部分は貸倒れる可能性があると判明しました。その為、正常なローン90億円部分のみを投資家に販売することにしました。
投資家はこの90億円を購入後、さらに分析し、確実に回収出来る金額が50億円と見積りました。よって、50億円部分のみを他の投資家へ販売しました。
それが繰り返されれば繰り返されるほど、絶対に回収できる美味しい商品が出来上がりますね。格付け会社もAAAつけちゃうわけです。
世界中の投資家がこぞって投資しました。AAAなら目をつぶってでも買うぜ、くらいな感じで。
ですが、おおもとのサブプライム向けローンは、最初の金利は低くても、数年後に金利が一気に高くなる契約となっていました。
結果、債務者がみんな払えなくなってしまい、貸し倒れ、元本棄損が次々に発生していきます。
投資家はそこで改めて、どんなローンが入ってるんだっけ?と見直し始めましたが、証券化しまくってるからどこにリスクがあるのかよく分からない。
AAAだから安心だからキャッシュ代替として、みんな莫大なお金を投資していたのでビビったわけです。
とにかく換金したいが値がつかない、あらゆる国をわたって証券化されてるから、法的な枠組みの問題もあってすぐに換金できない。
ここに来て初めて、格付けなんてあてにならない!となったわけです。
とにかく今はそういうことを反省しているわけですよ、格付け会社も金融業界も。
だから、再証券(証券化した商品をさらに証券化すること)商品への投資には慎重になりました。
金融機関が保有した場合に見積もるリスク量も大きくするよう整備されました。
かくして、かつての失敗した格付け行為も見直されることになりました。要は時代です。
そのときそのときのスキームや過大な取引、金融ショックに合わせて規制は移り変わります。
結論、どの商品も投資家責任がより求められます。格付けを利用するしない、どう利用するかは、金融機関が個別に定めるルールです。
同時に、格付け会社の審査体制などを随時モニタリングすることも投資家の責任と言えるでしょう。
尚、格付け会社は、こういった証券化スキームに格付けする際、どういう項目をチェックしているかある程度開示しています。
一般投資家の目にはなかなか触れられませんが、なかなかのボリュームです。
債権者→格付け会社(AAAを安易に格付け)→投資家
という構図ではなく、
債権者→投資家→(※転売を繰り返す)→投資家→格付け会社(AAAを安易に格付け)→投資家
という風に理解するのが、より実情に近い構図だった、という事なのですね。
確かにそう考えると、投資家側の責任の重大さを、改めて強く認識させられます。
また、格付けを信用するかどうかの判断に関しても、確かに投資家責任ですね。
証券筋X氏の見解
確かに、クレジットレーティング会社間の競争があるのは事実ですが、
高レーティングを付与しておいてデフォルトされると格付け会社のビジネスが成り立たないので、レーティングの信憑性を疑う程ではないと思いますよ。
そもそも、格付け会社に個別企業レベルのレーティングを過大評価するインセンティブは特に無いのではないでしょうか。
いい加減なレーティングをしてデフォルトされてしまうと信用が毀損してしまう事から、
意図的に不適切な高レーティングを付与するインセンティブは無いのではないか、というご見解なのですね。
確かにそう考えると、格付け会社だけが悪者、という偏ったイメージを持ってしまうのは、理解として正確ではないのかも知れません。
公認会計士Hiro氏の見解
というのも、上場企業は監査済みの財務諸表を公に開示していて格付けを偽るのが困難です。
一方で、リーマンショックの時に問題となったCDOなどに対する格付けは怪しいかもしれませんね。
企業に比べれば透明性は低いですから、不当な格付けをしても外部からのチェックが働きにくいです。
クライアント企業から頼まれたら断れないことは、普通にあるでしょうね。
一方で、CDO関連が現在でも、外部からのチェックが働きにくいとなると、皮肉にも株式と債券でリスクレベルの逆転現象が起こり得てしまいますね・・。
そう考えると、格付け機関以外の外部機関を通した2重チェックというのは、信頼性の担保という面では非常に重要ですね。
あの映画を見た後だと、脚色はあるにせよS&Pに対してどうしても疑心暗鬼になりがちで・・笑
こういうことは、実は経理実務でも結構あります。
減損をしたくないから、うまく現在価値がプラスになるように将来キャッシュフローの計算シートをコンサルに作ってもらう事とかありますね。
もちろん、あまりに不合理であればNOと言われるでしょうが。でも、大体こちらの言い分は通ります。
だから、現代の会計は客観性に欠ける面がどうしてもあります。
やはりキャッシュフロー計算書です。
ビジネスですから、格付け会社も顧客の希望を考慮することは当然あると思います。
結論まとめ
映画「マネー・ショート」を見終えた当初、僕は劣悪な金融商品(MBSやCDO)に安易にAAA格付けをしたS&Pが悪いのではないか、というイメージを抱いていました。
しかし、リーマンショックがいかにして引き起こされたかを改めて紐解いていくと、
間に入って転売を繰り返した投資家の責任、また(AAA格付けされたとはいえ)劣悪な金融商品を買ってしまった投資家の信用責任、という観点も見えてきました。
また、レーティングの信頼性はそもそも格付け会社のビジネスの根幹に関わるため、意図的に不適切なレーティングを行うのは不合理だ、とする見方もあります。
とはいえ、実務に即して考えれば、クライアント企業から頼まれたら、ある程度は格付けに融通を効かせてもらうぐらいは断れないのではないか、という視点もあり得ます。
以上を踏まえると、投資家は(格付けも含め)外部から見える情報だけで安易に判断せず、信用責任をもって、慎重に投資判断を行う必要が常にある、と感じました。
諸々、大変勉強になりました。
Nさん、Xさん、Hiroさん、ありがとうございます!!